わかりやすい安全保障・軍事入門

ニュースなどで聞くけど難しいと感じる軍事や防衛、安全保障などについて入門者向けにわかりやすく解説していきます。たまに軍事のマニアックなネタや軍事に関する歴史なども解説。

「国家総力戦」とは何か。戦争の勝敗が軍事力だけでは無くなる

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戦争とは軍人だけがするもので、民間人には関係がないものだと思われてきました。

しかし、第一次世界大戦を機に、民間人にも直接的な被害が出るようになり、戦争とは国家の全てを投入しなければいけない総力戦となりました。

 

第一世界大戦を機に広まった「国家総力戦」とは何か?それまでの戦争とは具体的にどう違うのかなどを紹介します。

「国家総力戦」とは

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「国家総力戦」とは、国が軍事以外もあらゆる分野を総動員して行う戦争のことです。

具体的に軍事以外のあらゆる分野とは何か。それは、技術力や科学力、経済力、政治力、文化や思想なども指します。

これらの分野を戦争のために体制にし、戦争のためにこれらの分野を運用することを言います。つまりは国力の全てを戦争に投入し、民間人も戦争に関わることを言います。

「国家総力戦」はどのような経緯で生まれたのか

そもそも「国家総力戦」とはなぜ生まれたのか。それを知るためにも第一次世界大戦の歴史に触れます。

最初の国家総力戦は、内戦である南北戦争を除く日露戦争が始まりでもありますが、主に「国家総力戦」という言葉が知られ、注目されるようになるのは、第一次世界大戦後です。

第一次世界大戦前の戦争

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第一次世界大戦前は、戦争は基本的には軍隊だけが行うもので、民間人は戦争とは無関係でもありました。

戦争の勝敗を左右するのは、兵士の能力である「質」と軍隊の規模である「量」だけでもある、いわゆる「軍事力」だけでした。

大量生産と技術革命が戦争を変える

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産業革命後は大量生産と技術革命により、強力な兵器をどんどん生んでいくことになりました。その一つが機関銃や大砲などであり、弾薬などは大量生産されるようになっていきます。

第一次世界大戦での「総力戦」

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強力な兵器類がどんどん戦線へと送られるようになると、大量の戦死者や負傷者が出るようになっていきます。

特に機関銃などがこの時代には普及してきており、強固な防御力を持った要塞に機関銃が備え付けられ、要塞に攻めに出て近づけば機関銃の餌食になり、砲撃でも要塞はなかなか簡単に落ちることはありませんでした。このことから「塹壕戦」などといった新しい戦術が徐々に生まれていくことになります。

 

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出典:http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~scottandgwen/dt.htm

また、この時代は鉄道が発達してきた時代であり、鉄道による大量の人員輸送や物資が即座に戦場に送れるようになりました。

 

これらの事から、戦争は徐々に長期化していくことになり、持久戦が戦争の勝敗を左右していくことになります。

民間が戦争に関わっていくようになる

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それでは、持久戦に勝つにはどうすれば良いか?

持久戦に勝つには、大量の物資と、大量の人員が必要不可欠です。それら大量の物資と、大量の人員を生み出す方法は何か?それが「生産力」というものです。

大量の労働力が必要になる

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戦争の長期化により、弾薬と兵器などの大量の物資類が「消費」されるようになっていきました。これらを前線に送るには、生産力のための大量の「労働力」が必要となりました。

 

第一次世界大戦中では、大量の兵士が消耗されると、どこの国も徴兵制によって、成人男性が兵士として戦地に向かうことになりました。

しかし、これでは物資類を生産するための労働力が減っていくことになってしまいます。そこで女性や子供などが労働力として駆り出されるようになっていきます。

あらゆるものが制限を受ける

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「国家総力戦」になれば、兵器類の性能を上げたり、新しい兵器の開発や研究のため、多くの科学者や技術者が戦争に動員されるようになっていきました。

それによって、第一次世界大戦では、毒ガスといった化学兵器戦車や航空機、潜水艦などの新兵器が登場して活躍していくことになりました。

第二次世界大戦でも暗号解読のために数学者などが動員されたり、アメリカでは後にマンハッタン計画と呼ばれる核兵器の開発に大量の科学者を動員しています。

 

総力戦には科学者だけでなく、戦争のために資源などが政府から制限を受け、大量の資源が戦争に利用されるようになっていきます。

産業にも軍需品の需要が伸びていくことになり、生産拠点の場にも政府からの制限や指定を受けたりなどもします。

 

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また戦争による消耗によって国民が疲弊していくと、国民の士気の維持のためにも、あらゆる戦意高揚のための宣伝が増えていくことにもなります。

戦争に勝つために、戦意高揚の本や宣伝看板、または教育などにも影響を与えていくことになります。

 

あらゆる分野が戦争のために投じられるようなる「国家総力戦」は、何も第二次大戦中の日本だけでなく、世界中の国々が同じことをやっています。

民間も直接的被害を受けていく 

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出典:http://alliedbombingforceshungary.blogspot.jp/2015/09/allied-strategic-bombing-budapest.html

「国家総力戦」とは、言わば「戦争に民間人の力が必要になる」ことです。

 

しかし、「国家総力戦」ともなれば、交戦国の戦力を支える「生産力」が攻撃の対象となっていきます。

そのため、都市部や工場などが爆撃の対象となるようになり、民間人にも直接的な被害が出るようになっていきました。

第二次世界大戦では、爆撃機などによる都市部への爆撃だけでなく、物資類を運ぶ輸送船などを狙った通商破壊なども増えていくことになりました。

「国家総力戦」は、民間人の産業や生活基盤などが破壊されるようになり、第一次と第二次世界大戦では、大量の民間人の犠牲を生むことになりました。

「国家総力戦」 によって生まれたもの

「国家総力戦」によって多くの国が疲弊し、それにかかった費用は一国では背負えないほどの莫大な賠償金へと膨れ上がりました。

後に第一次世界大戦ほどの総力戦は、後の国際連盟を生む事にもなり、あらゆる思想や社会制度などを産んでいくきっかけとなりました。 

その中に、「国家総力戦」によって以下のようなものに影響を与えていきました。

夜警国家」から「福祉国家」への移行

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「国家総力戦」の後に広まっていったのは、「夜警国家」から「福祉国家」への移行です。 

夜警国家」とは、安全保障と治安維持などの最低限の機能しか持たない国家のことです。つまりは、国外脅威の対処のための軍隊と、国内の治安維持の警察しか国が持たないことです。その代わり、民間に制限を与えず、自由な活動をできるだけ行えるようにします。

福祉国家」とは名前の通り、安全保障と治安維持の最低限の機能はもちろんの事、社会保障制度を充実させ、国民の生活の安定を図ろうとする国家のことです。

 

「国家総力戦」であった第二次世界大戦後には、先進各国の社会保障が徐々に充実していくことになります。これは大戦前にあった「世界恐慌」や、国民が戦争への協力に対する見返りとして、国家は社会保障制度を整備しました。

女性の社会進出と地位向上

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「国家総力戦」は、女性の社会進出や地位向上にも影響を与えたと言われています。

「国家総力戦」の中で、男性が徴兵されて国内の労働力が不足すると、女性が労働力として動員されました。

これは後に女性の社会進出を促し、女性の参政権の拡大にも影響を与えました。

 

 

 

「国家総力戦」は、軍事兵器の性能や兵士の数といった軍事力だけでなく、国内の生産数などを含めた国力が勝敗を左右するものへと変わりました。

日本の日露戦争、後のアメリカとの太平洋戦争も「国家総力戦」です。日露戦争では、ロシアとの国力差は圧倒的でしたが、戦争が1年半と短期で長期化はしませんでした。

後の太平洋戦争でのアメリカとの戦争も、日本側のプランは日露戦争と同様に、短期決戦を考えていました。しかし、戦争は長期化していくことになり、アメリカとの国力差から、日本側は負けてしまいます。

 

現在は、第一次世界大戦第二次世界大戦ほどの「国家総力戦」は起こるとは考えられていません。その理由として、「核兵器」の登場が要因となっています。

 

参考資料

 

総力戦体制 (ちくま学芸文庫)

総力戦体制 (ちくま学芸文庫)

 

 

戦争の常識 (文春新書)

戦争の常識 (文春新書)

 

 国家総力戦 - Wikipedia