国連平和維持活動(PKO)とは何か。PKOを行う意味とは?
PKO活動というのは、ニュースなどでも話題になるよく聞く言葉だと思います。
現在、南スーダンに自衛隊が派遣されてPKO活動を行っているように、日本は1992年のカンボジアPKOを初に、自衛隊を現地に派遣して数々のPKO(国連平和維持活動)に参加してきました。
そもそも国連平和維持活動(PKO)とは何か?そして、PKOの目的は何なのか?国連平和維持活動(PKO)は、どのような経緯で出来てきたのかについても解説します。
国連平和維持活動とは?
出典:https://global.britannica.com/topic/United-Nations/Peacekeeping-peacemaking-and-peace-building
国連平和維持活動(PKO)とは「United Nations Peacekeeping Operations」の略で、国連が紛争当事国に平和的解決を促すために、小規模の軍隊を派遣して行う活動のことを指します。
よくイメージするのが、自衛隊などの各国の軍隊が、道路や建物などのインフラ設備を建設したり、現地で医療支援をするイメージすると思いますが、PKOの当初の目的には、このような活動ではありませんでした。
国連平和維持活動(PKO)とは、名前の通り「平和を維持する」ためのものです。
紛争当事国同士(戦争をしあった国)の間で停戦が結ばれた後に、停戦がきちんと行われているかどうかを国連から派遣された第三国の軍隊が監視するのが本来の役目です。
そのためにも、国連から派遣される国際連合平和維持軍(PKF)が当事国に入り、紛争の拡大防止や軍の撤退監視、更には地域の治安維持も行い、不正な選挙をおこわない内容に選挙監視なども行います。
なぜ軍隊が入る必要があるのか?
PKOには国際連合平和維持軍(PKF)が紛争当事国に入ります。
それは、国連平和維持軍(PKF)が紛争当事者(戦争をしあっている国)との間に割って入ることで、紛争拡大を防止することが一番の目的だからです。
国連平和維持軍(PKF)が武器を使用できるのは、自分達が武装集団に攻撃にあうなどの危険があった際の反撃(自衛権)のみで、紛争当事者のどちらかに加担する行為を行わないよう中立的な立場を取ります。
PKO活動で特に重要な事
PKO活動は、紛争の再発防止や事態悪化を防ぐためであって、紛争国のどちらかの国に加担するようなことはしてはいけません。
あくまでも、当事国の仲裁的な立場を取らなくてはなりません。
PKO活動には以下の基本三原則があります。
- 紛争当事国の同意を必要とする
- 中立的な立場を取る
- 自衛及び任務の防衛以外の実力を行使してはいけない
2の「中立的な立場を取る」「自衛及び任務の防衛以外の実力を行使してはいけない」とありますが、もし現地にいる人々やその他の民間人に対して危害を与える武装集団などが表れれば、国連の軍隊はその民間人達を保護しなければなりません。
そのための武器の使用は認められています。日本では「駆けつけ警護」などで問題になった部分と関係しています。
11/20 追記:
beginner-military.hatenablog.jp
また国連平和維持軍(PKF)を派遣する際は、紛争当事国に同意を得た上で派遣しなくてはなりません。しかし、冷戦以降は同意を得なくても派遣した例もあります。
PKOはどういう経緯で生まれたのか?
PKO活動の最初は、1956年~1957年にかけて起きたスエズ動乱(第二次中東戦争)で派遣された国連緊急軍(UNEF)が始まりです。
「スエズ動乱」とは?
1956年7月にエジプトのガマール・アブドゥル=ナーセル大統領がスエズ運河を管理するスエズ運河会社の国有化を宣言しました。
スエズ運河会社の大株主であったイギリスとフランスはこれに反発すると、イスラエルと密約を結び、イギリス・フランス・イスラエルの三国はエジプトを攻撃します。
しかし、エジプトの降伏寸前という所で、アメリカとソ連が手を組みエジプト側に付くと、アメリカ・イギリス・イスラエルの三国に対して安全保障理事会で撤退勧告をします。
しかし、ここで常任自理事国であるイギリスとフランスは拒否権を使い、軍の撤退を行おうとはしませんでした。
スエズ動乱をきっかけに生まれた国連軍
そこで「平和のための結集決議」により、国連緊急総会を招集すると、加盟国の3分の2以上の賛成を得て、停戦勧告決議案が採択されました。
国連・アメリカ・ソ連の圧力を受けると、イギリスとフランスは停戦を受託し、イスラエルも後に停戦を受託します。
そしてちょうどこの頃、紛争解決には国連が具体的に動く必要性を当時のカナダの外務大臣であったレスター・ボールズ・ピアソンが主張し、この国連緊急軍(UNEF)が提案されます。
これにより国連は、停戦や軍撤退の監視のために、紛争当事国の同意の上で第一次国際連合緊急軍(UNEFI)をエジプト派遣しました。
イスラエル軍がエジプトからの撤退を1957年3月で終えると、エジプトが5月に撤退要請をするまで停戦監視活動を国連緊急軍(UNEF)は続けます。
これが後のPKOにも引き継がれることになります。
東西冷戦後のPKOの変化
出典:防衛省・自衛隊:写真一覧(南スーダン国際平和協力業務(PKO))
1989年12月に米ソ首脳会談を境に東西冷戦が終えると、冷戦で抑圧されていた地域的な民族・宗教・領土を巡る紛争が頻発するようになります。
国連はNGOと共に平和維持活動を行っていく中で、活動の規模や内容も拡大・多様化していきます。
紛争の問題を解決するには、紛争の予防のためにも人道支援や治安維持、統治機構の再建といった、紛争で疲弊した国家の再建支援が必要になっていきました。
これが現在のPKOの形になった複合型・多機能型PKOと呼ぶものであり、PKOには軍隊以外にも各分野の専門家やNGOなどの民間組織が活動をしていくようになっていきました。
これにより現在のような医療支援、道路建設や建物建設などのインフラ整備といったものがPKOで行われるようになっていきました。
PKO活動を行う利点は何か?
なぜ各国が、危険である紛争地域に自国の軍隊を出してまでPKO活動を行うのか?
それには主に以下のような利点があります。
国際貢献により信頼を得る
ベタではありますが、人道支援や再建などを行った事により、国際社会での信頼を得ることにも繋がります。
各国から信頼を得ることで、後の経済協力や外交であったりをスムーズに進めることにも繋がったりします。
他にも自国と対立している国に対しての批判を高める事にも繋がり、自国に対しての攻撃などの意思を挫くなどの抑止力にもなります。
戦略的に重要地域なため
その地域が紛争により不安定な地域になる事が困る国が、PKO活動をしたりします。
「不安定な地域になる事が困る国」とはどういうことか?
例えばその地域が貿易拠点の近くであったり、または自分の国までの輸入や輸出の道筋であったりする国にとっては、経済活動の妨げになって自国の存亡に関わってくるからです。
紛争によってその地域が不安定になると、輸入品や石油などを載せたタンカーが通れない、その紛争地域か又は隣国が貿易な主要取引相手であれば、自国の物が輸出できなかったり、その国から輸入ができなくなるなんてことになれば、自国民の生命にも関わってきます。
他にも紛争というのは徐々に飛び火していく恐れもあります。
紛争があちこちで飛び火していったりすれば、隣国や近隣諸国なども巻き込まれる恐れもあったり、自国に秘密裏に拠点などを作られてしまうことにも繋がりかねません。
償還金が貰える
PKOに参加することで、国連から手当てとして償還金が貰えます。
あまり良くありませんが外貨稼ぎ目当てでPKOに参加している国も多くあります。その理由の一つとしてPKOに参加している上位10ヶ国はいわゆる発展途上国や貧困国と呼ばれる国です。
以下はPKOに参加回数の上位10ヶ国です。
近年では先進国の多くはPKO活動にあまり参加せず、日本も現在は南スーダンだけの派遣になっています。
また1994年からは各国が平和維持活動に対して拒否または忌避する国家も現れるようになった[4]。
今回はPKO活動について軽い概要を紹介しました。
当初は停戦監視や撤退監視を目的としたPKOであったものの、その任務や内容も徐々に変化して多様化してきました。
しかし冷戦終了後の1994年以降は、平和維持活動に対して拒否または忌避する国なども現れてきました。
現在でもPKO活動は続いているものの、PKO活動にも多くの問題点を持っています。今後はその問題について掘り下げた内容をご紹介していきます。
参考資料